「書体の使い分けの項目」で、明朝体とゴシック体(英語ならば、セリフ体とサンセリフ体)の使い分けについてはわかってもらえたと思います。とはいえ、実際に使う文字を選ぶのは、楽ではありません。なにせ、パソコンにはたくさんのフォントが搭載されているからです。ここからは、「視認性」、「可読性」、「判読性」を高めることを意識した場合のフォント選びのコツを紹介します。ポイントは以下の3つです。
※なお、世の中には数えきれないほど種類の書体があるものの(その多くは非常に高価)、現実には誰もがそのすべてを使えるわけではないので、以下では、標準的なパソコンに搭載されている書体をベースに話を進めていきます。具体的なオススメフォントは、後ほど「オススメ書体」で紹介します。
手書きだってそうであるように、きれいではない文字は読みづらいし、読み間違いもします。フォントは手書きほどの差が出ないものの、きれいなフォントからそうでないフォントまであります。まずは文字の形のきれいさからみてみましょう。
何と言っても、きれいではないフォントの代表格はMSゴシックやその仲間のHGゴシック(HGSゴシックやHGPゴシックなどを含む)です。PCの解像度が低かった時代には、じつはこのフォントの字形が都合がよかったということがありますが、現在のように画面も印刷も解像度が高まった状況ではおすすめできません。
MSゴシックやHGゴシックがあまり美しくない理由はいくつもありますが、少しだけ覗いてみましょう。まずは、形の雑さです。いくつかのひらがなで文字の形に柔らかさがなく、直線的な要素でできています。游ゴシックやメイリオなどのフォントのほうが一文字一文字がきれいな形をしています。
文字によって太さもバラバラです。見た目の太さが揃っていないと、文字の目立ち方が凸凹になり、目線がスムーズに動きづらくなります。
補足:MSゴシックは長らくOfficeソフトのデフォルトフォントとして使われてきましたが、最新のOfficeソフトでは、デフォルトフォントではなくなっています。互換性の高さがゆえに今後しばらく使用されることがあると思われますが、数年すれば新しいフォント(游ゴシック)に置き換わるはずです。
読みやすさは文字の形だけでなく、画面上やスクリーン上での表示のされかたによっても変わってきます。このとき気をつけなければならないのは、クリアタイプフォントかどうかという問題です。日本語のフォントの中には、クリアタイプフォントとそうでないフォントがあります。クリアタイプフォントとは、黒い文字の線の輪郭をグレーの濃淡で描画するものです。一方、非クリアタイプフォントは、黒いピクセルか白いピクセルの2値で文字の輪郭を描画します。そのため、非クリアタイプフォントでは文字のサイズによっては輪郭がガタガタしてしまいます。輪郭がガタガタすると、文字が読みづらくなります。また長時間読んだときに目が疲れるという悪影響があります。画面上(ディスプレイやスクリーン)で表示する資料(プレゼン資料など)の場合は、クリアタイプフォントを使うようにしましょう。MSゴシックやHGゴシック、MS明朝などが非クリアタイプフォントですが、それ以外の新しいフォントはクリアタイプフォントになっています(メイリオや游ゴシック、ヒラギノ角ゴシック、游明朝、ヒラギノ明朝など)。
下の例では、MS ゴシックとメイリオ、ヒラギノ角ゴを比較しています。一見それほど変わらないと思うかもしれませんが、輪郭の描画の方法によって可読性・判読性が大きく異なります。
●注意● 学会などで自分のパソコンを使えない場合は、汎用性の低い書体を使うことには大きなリスクがあります。何の対策もしなければ、書体が勝手に変更され、せっかく綺麗に作ったスライドが崩れてしまいます。標準的なパソコンに搭載でないような書体を使用したい場合は、自分のパソコンを使って発表できるかを必ず確認してください。ただし、他人のパソコンを使う場合でも、Windows版のPowerPointであれば、「フォントの埋め込み」機能を使うことで、この問題を解決できます。詳細は、「オススメ書体」のページをご覧ください。自分のパソコンを使える研究室でのゼミ発表や、ポスターや配布資料の作成には、より見やすい(誤認の少ない)書体を積極的に選びましょう。
文字を目立たせるために、太字(ボールド)を用いることはとても有効な手段です。したがって、Word や PowerPoint などのを使って資料を作成する場合、ちゃんと「太字になってくれる」フォントを使う必要があります。
しかしながら、普段よく使うフォントの中には、「太字に対応していない」フォントがたくさんあります(たとえば、MSゴシックやMS明朝)。このようなフォントをたとえばPowerPoint上で太字に設定すると、文字の輪郭にフチを付けて太くするという処理(擬似ボールド)が行なわれます。擬似ボールドは、デザイン的に非常に不格好な上に、実際にそれほど太くならないので、太字を使っても充分な効果が得られません。また、擬似ボールドは、字がつぶれてしまい、可読性、視認性、判読性のいずれもが低下してしまいます。太い文字を使いたいときは、「太字に対応した書体」を選んでおくことが重要です。MSゴシックやMS明朝を使ってはいけません。もし、MSゴシックなどを使わなければならない場合には、太くしたい部分だけ「もともと太い書体」を使う必要があります。もともと太いフォントは、太くても可読性が高くなるようにデザインされています。MSゴシックに合わせるなら、たとえば「HGS創英角ゴシックUB」などがよいでしょう。
ただし、別のフォントを使うと、文字の雰囲気が変わってしまい、全体の統一感が失われることがあります。基本的には、太字に対応したフォントを選ぶようにします。上の例のように、メイリオ、ヒラギノ角ゴなどを使うとよいでしょう。游ゴシックなども複数の太さがある使い勝手のよいフォントです。
なお、複数の太さ(ウエイト)のフォントをもつひとまとまりのグループを「フォントファミリー」といます。上の例であれば、メイリオファミリー、游ゴシックファミリー、ヒラギノ角ゴファミリーと呼ばれます。ファミリー内には2つの太さだけしかないものもありますが、ヒラギノ角ゴシックなどは、10種類の太さ(細字から太字まで)がありますし、游ゴシックも細字とふつう、太字の3種類があります。ウェイトの種類が豊富なほど、使い勝手がよいといえます。フォントファミリー内の太さの異なるフォントを使いこなせば、統一感があり、かつ可読性/視認性/判読性の高いスライドやポスターが作れます。たくさんの太さから好みの太さを選ぶ場合には、「B」ボタンを押して太さを変えるのではなく、フォント一覧から好みの太さを選ぶようにします。
なお、欧文フォントに関しては、多くのフォントが太字に対応しているので、あまり心配する必要がありません。欧文フォントは、以下に書くように、「斜体」に対応しているかどうかの方が重要です。
生物の学名や遺伝子の名前を書くときには、アルファベットの斜体(イタリック体)を使わなければいけません。WordやPowerPoint上では、太字と同様、斜体にしようと思えば、どんな書体も斜体に設定できます。しかし、斜体に対応していないフォントも存在しています。これらのフォントは、無理やり斜めに傾けているため、斜体になっていることがわかりにくいばかりか、あまり美しくありません(擬似イタリック)。したがって、斜体に対応していない書体を斜体にして使用するのは避けるべきといえます。
斜体を利用したいときは、「斜体に対応している(斜体が搭載されている)フォント」を用いたほうがよいでしょう。上の例のように、Times New RomanやGaramondなどでは、イタリック体の字体が用意されています。このような真の斜体は、斜体であることがわかりやすいと同時に、美しく、読みやすいです。斜体を含むような文章を書くときには、斜体に対応していない(あるいは斜体が搭載されいない)フォントを避けましょう。欧文書体であれば、セリフ体でもサンセリフ体でも、そのほとんどが斜体に対応していますが、CenturyやTahomaなどの一部のフォントは多くのパソコンで斜体が標準搭載されていないので、注意が必要です(これらのフォントでは疑似イタリックになります)。
なお、日本語の書体はほとんどが斜体には対応していないので、日本語は斜体にしないほうがよいでしょう。
文字はフォントや書体によって判読性大きく変化します。まずはアルファベットについて見てみましょう。
サンセリフ体は、ポスターやスライド向きの書体ですが、種類によって読みやすさは異なります。上の例のCentury Gothicで書かれた単語や文章は、とてもかわいいのですが、たとえば「a」と「o」が区別しにくいことがわかります。特に小さな文字になると、ほとんど区別できません。それに比べて、Segoe UIというフォントは、小さな文字でも、比較的文字を区別しやすく、読み間違いを避けられます。ユニバーサルデザインのためには、このような点にも配慮しながら書体を選択する必要があります。
数字も同様です。Arialなどの比較的フォントは、3や6の開いている部分がやや狭いため、3と6, 8が区別しづらくなります。上の例と同様、モダンなサンセリフ体であるSegoe UIのほうがこれらの数字が区別しやすくなります。小さい文字ほど字形の影響が大きくなるはずです。
また、文字がクリアーに見えるかどうかは、見る人の距離や視力、さらにはプロジェクターやプリンターの性能によっても変わります。したがって、下の例のように文字がぼやけたり、にじんだりすることも想定して書体を選択する必要があります。ぼやけたときに判読しにくい文字が含まれないかを意識して書体を選びましょう。
日本語の場合も同じようなことがいえます。濁点や半濁点が読みやすいフォントのほうが好ましいです。ヒラギノ角ゴシックや創英角ゴシックは、濁点と半濁点が小さめで、これらの区別が難しい場合があります。メイリオのような現代的なフォントやユニバーサルデザインフォント(後述)のほうが誤読が少なくなります。少しでも読み間違えを減らしたいならば、このようなフォント選びが大切です。
手書きの手紙やノートを想像すればわかるように、丁寧に書かれたものと、雑に書かれたものでは、その印象は大きく異なります。同様にフォントの影響力を軽視してはいけません。どのフォントを使用するかによって、スライドやポスター、書類の「読みやすさ」や「見やすさ」ばかりでなく、「印象」が大きく変わります。人に見せるための資料は、第一印象がとても重要で、発表内容の評価にも少なからず関わってくるものです。
できるかぎりMSゴシックやHGゴシック、MS明朝を使わず、モダンな文字を使うようにしましょう。そうするだけで、資料のクオリティーははるかに高くなります。
標準搭載されている(最近のOS)フォントでは、メイリオ、游ゴシックがプレゼン向きのフォントです。Macならヒラギノ角ゴシックが見た目も使い勝手もよいでしょう。フリーフォントを使いのであれば、Noto Sans CJK JPやBIZ UDゴシックなどがよいでしょう。比較的文量が多い場合(Word書類)ならば、游明朝やヒラギノ明朝(Mac)がオススメ。フリーフォントなら、Noto Serif CJK JPやBIZ UD 明朝がオススメです。詳しくは、おすすめフォント のページを参考にして下さい。
ちょっと忘れがちなのが、日本語の文中の英単語です。メイリオやヒラギノ角ゴ、小塚ゴシックなどならば、アルファベット(従属欧文)も美しく作られていて、かつ、日本語との相性もよいようにデザインされているので問題ないのですが、上で述べたように日本語フォントで英単語を書くと可読性が下がる場合があります(特に、下の例のようにMSゴシックやMS明朝などのフォントで英単語を書いたとき)。このような場合は、設定がほんの少し面倒ですが、英単語の部分だけ個別に英語の書体に設定すべきです。デザイン的にも、英語は英文書体にした方がカッコいいです。もちろん、メイリオやヒラギノ角ゴなどでも、アルファベット部分を適切な欧文フォントにすることで、さらに美しく読みやすくなります。
下の例は、小見出しを一般的な太めのゴシック体(あるいは明朝体)、本文をMSゴシック(あるいはMS明朝)で書いた文章です。どちらの例であっても英数字を欧文フォントにした場合のほうが見栄えがよく、読みやすいのが一目瞭然です。ここで用いている英文フォントは、Segoe UIとAdobe garamondです。Segoe UIは最近のWindowsのPCに標準搭載されている美しいサンセリフ体です。
日本語がゴシック体なら、英単語はサンセリフ体、日本語が明朝体なら英単語はセリフ体と述べましたが、どんなフォントでも相性がよいわけではありません。英単語だけが目立ったり、英単語だけが目立たなかったりしたら可読性は低下します。英語と日本語が馴染めば馴染むほど読むときのストレスが軽減されます。
英語と日本語フォントを組み合わせるときに考慮すべきなのは、次の3点です。
まずは、基本中の基本。日本語が雰囲気(文字のスタイル)を合わせることです。日本語がゴシック体なら、その中の英数字にはサンセリフ体のフォント(Segoe UI, Arial, Helvetica, Corbel etc.)、日本語が明朝体なら英数字はセリフ体のフォント(Times New Roman, Adobe Garamond etc.)を合わせるとよいでしょう。
次は、見た目のサイズが揃っていることに気をつけましょう。下の例のように、メイリオなどの比較的大きく見える文字(字面が大きい文字)とCalibriを組み合わせてしまうと、アルファベットが小さく見えるうえに、文字のベースラインがずれていて(アルファベットが浮いて見える)、相性のよい組み合わせとは言えません。このような場合は、たとえば、欧文フォントをSegoe UIやTahomaにするとバランスよく見えます。これらのフォントは、Calibriなどよりは少し大きめにデザインされた欧文フォントですので、日本語との組み合わせはよいかもしれません。
見た目の太さを揃えることも大切です。下の例のように「MS明朝」と「Century」の組み合わせはあまりよくありません。Centuryでは、アルファベットがとても太く見え、不格好です。英単語だけが目立ってしまいます。MS明朝は非常に細いフォントなので、欧文フォントと組み合わせるのが難しいです(標準的なフォントだけでは)。一方で、最近の標準搭載されれている游明朝などは、やや太めの明朝体ですので、さまざまな欧文書体と合わせることができます。たとえば、Times New Romanなどともよく馴染みます。似た太さの書体を組み合わせた方がよいというルールは、ゴシック体の場合も同じです。